奇しくも一・一七の前日に生まれたわけである。
 昨年のこの日、産科の病室で私は、二十一年目の一・一七を迎えた。出産直後だった。
 阪神淡路大震災の死者6,434名…それまで自分は、それをただの数字としてしか、見ていなかった。慰霊碑に刻まれた名前も、ただ名前の羅列でしかなかった。見えていたのは、ただ「大勢の人」が亡くなった、というだけ。
 しかし、新しく生まれてきて、うにょうにょ頼りなく動く我が子を見ながら、思ったのである。
 その数字の中には、乳幼児も多くいただろう。もしかしたら、生まれたばかりの子も、いたかもしれない。まだ名前も付いていないような子だって、いたんじゃないか。この子だけは…と願いながら、死んでいった母親もいただろう。
 亡くなった人達の姿が、リアルな存在感を持って、心に浮かんだ瞬間。
 阪神淡路大震災から、二十二年。
 被災した当時、赤ん坊だった自分は、『幸いにも』と言うべきか、『残念ながら』と言うべきか…何も覚えてはいない。
 当時、ほんのネンネだった自分が、震災を生き延びて、今こうして平然と人生を送っていられるのは、どうしてだろう?
 今、神戸や西宮の街並みを見ても、当時の惨状など、もはやすっかり影もない。賑やかで、穏やかな街である。それは放っておいて勝手にそうなったわけではない。
 一体どれほどの人達が、自分を守ってくれたのか。直接的に、あるいは間接的に、どんなに支えられたんだろうか。
 食べるもの、着るもの、寝る場所ひとつとっても、誰かが私に与えてくれたり、譲ってくれたりしたから、私は今ここに生きてる。
 そして子供が生まれた。1歳になった。小さなあんよで立って、歩くようになった。
 生きているって、素晴らしい。


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